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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)39号 判決 1984年9月04日

原告

上田義則

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和57年(行ケ)第39号審決(実用新案登録願拒絶査定に対する審判の審決)取消請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が、同庁昭和54年審判第50号事件について、昭和56年11月24日にした審決は、取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「発泡合成樹脂野地板」とする考案につき、昭和48年4月13日、実用新案登録出願(昭和48年実用新案登録願第44797号)をしたところ、昭和53年11月8日、拒絶査定を受けたので、昭和54年1月4日、これに対する審判の請求をし、同年審判第50号事件として審理されたが、昭和56年11月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、昭和57年1月23日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

表面に溝突起等をつけた発泡合成樹脂を板状に発泡成型するのに際し金属の線棒網等を埋込んで補強して作つた野地板。(別紙(1)参照)

3  本件審決の理由の要点

本願出願前に日本国内において頒布された昭和45年実用新案出願公告第9153号公報(以下、「引用例」という。)には、「屋根板b上に釘着して使用され、表面に段条Aが設けられた板状発泡合成樹脂製の屋根瓦用下地版」(別紙(2)参照)が記載されている。そこで、本願考案と引用例記載のものとを対比すると、引用例記載のものの段条も溝突起等と認められ、また引用例に記載の下地版も屋根ぶき物の下地に使用される下地板即ち野地板の一種と認められるから、両者は、表面に溝突起等をつけた板状発泡合成樹脂を主体とした野地板の点で一致し、板状発泡合成樹脂体において、本願考案では、発泡成型するのに際し金属の線棒網等を埋め込んで補強したものであるのに対し、引用例記載のものでは、そのような内部補強はなく、別体の屋根板bに釘着することによつて下地全体を形成する点で相違するものと認める。右相違点について検討すると、この種の発泡体の補強を発泡成型の際に金属線材等を埋め込んで行うことは従来慣用されている技術手段であり、引用例記載のものでは他の板体と一体化することによつて得ている野地板の補強を前記慣用手段を適用することによつて行つても、それによつて予測できないような実用上の効果を奏するものとは認められず、そのようにすることは当業技術者において極めて容易になし得たことと認められるから、前記相違点に格別の考案を認めることはできない。したがつて、本願考案は、引用例の記載に基づいて当業技術者が極めて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  本件審決を取り消すべき事由

1 本件審決は、本願考案と引用例との構成の対比における認定、判断及びいわゆる慣用技術手段なるものを誤り、後記本願考案の奏する実用上の効果を看過誤認した結果、本願考案が引用例の記載から極めて容易に考案することができた、と誤つて判断したものであるので、違法として取り消されるべきものである。即ち、引用例に、「屋根板b上に釘着して使用され、表面に段条Aが設けられた板状発泡合成樹脂製の屋根瓦用下地版」が記載されていることは審決認定のとおりであるが、右の下地版が屋根ぶき物の下地に使用される下地板即ち野地板の一種であるとする審決の認定は誤りである。屋根材(例えば瓦)の直下即ち第2層目にあるものは「下ぶき材」であつて、更にその下層即ち第3層目に当たる部分を野地板というのであるところ、引用例の屋根瓦用下地版は第2層目の下ぶき材料としての下地板又は下ぶき板であつて、野地板(屋根板)に固定させて使用されるものであり、野地板(屋根板)としての機能(機械的強度)は有しないのに対し、本願考案の野地板は前記第3層目に当たるものであつて、断熱性のある発泡合成樹脂を野地板として使用し、この野地板に下地板を兼ねさせるもので、下地板を省略するのである。したがつて、引用例に記載の下地版をもつて野地板の一種であるとし、そうであるから本願考案における野地板と同一であると認定、判断したのは誤りである。

また、本願考案は発泡合成樹脂板の成型過程で金属線材等を埋め込む構成であり、このように発泡体の補強を発泡成型の際に金属線材等を埋め込んで行うことは従来慣用されている技術手段ではないのに、本件審決は右の構成をもつて従来慣用されている技術手段であると認定、判断しているのは誤りである。

しかして、本願考案は、その構成により、屋根ぶき物において、下地板を省略し、断熱性のある発泡合成樹脂を野地板(屋根板)そのものに使用し、野地板自体に下地板を兼ねさせることにより、屋根工事の簡略化という特段の実用上の効果を奏するのである。

2 右1の主張が理由がないとしても、本件審決は、引用例に記載の下地版と本願考案の野地板との相違について原告に対し反論の機会を与えることなく、突然、下地版が野地板の一種であるとして、本件審判の請求は成り立たないとしたものであつて、このことは、いわゆる不意打防止の法理に反し、実用新案法第13条の準用する特許法第50条の規定に違背する違法な手続上の瑕疵に当たるというべく、本件審決は取り消されるべきものである。

第3被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

原告主張の事実中、本件に関する特許庁おける手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決の理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。本件審決の認定ないし判断は正当であり、原告主張のような違法の点はない。即ち、

1  原告主張の取消事由1について

引用例に記載の下地版は屋根ぶき物(瓦、板など)の下地に使用される下地板即ち野地板の一種である。このことは、例えば建築用語辞典編集委員会編「建築用語辞典」(乙第1号証の1ないし3)に、「野地板」とは「野地を造るために張る板。屋根ぶき物の下地板のこと。」と記載されていることからも明らかであつて、引用例に記載の下地版は野地板に当たらないとする原告の主張は理由がない。原告はまた、本願考案の野地板は下ぶき材の下の層である第3層目をいう旨主張しているが、これも誤りである。何故なら、右野地板は、屋根ぶき物(瓦、板など)の下地に使用される、表面に溝突起等をつけた板状体から成り、引用例に記載の下地版と同様に、屋根材(例えば瓦)の直下に配置されるべきものであるからである。そして、明細書及び図面のいずれにも右主張のような記載はなく、そのように解すべき示唆もない。したがつて、引用例に記載の下地版は第2層目に当たり、本願考案の野地板は第3層目に当たる旨の原告の右主張は理由がないし、本件審決が引用例に記載の下地版が本願考案の野地板の一種であるとした判断は誤りである旨の原告の主張も理由がない。

そして、発泡体の補強を、発泡成型の際に金属線材等を埋め込んで行うことが従来慣用の技術手段であると認定、判断したことにも誤りはない。けだし、昭和48年実用新案出願公告第5155号公報(乙第2号証)には「鉄板からなる板状の縦桟(2)・(2)と棒状の横桟(3)を、構造体(材)本体(1)の成型の際に埋込んで製造してなる補強された発泡性合成樹脂製構造材」が、昭和35年実用新案出願公告第10789号公報(乙第3号証)には「金属繊維を、気泡(24)が多数存在する有機可塑物(23)の成型の際に埋込んで製造してなる、金属繊維を補強材とした気泡入り有機可塑物組立体」が、そして昭和38年実用新案出願公告第4654号公報(乙第4号証)には「ポリスチロール発泡体の成型過程で金網(3)を埋設してなる補強された建築材」が各記載されているところ、右各公報に記載のものにおける「鉄板からなる板状の縦桟(2)・(2)と棒状の横桟(3)」、「金属繊維」、「金網(3)」は本願考案における「金属線金属棒金属網等」に、また同じく「構造体(材)本体(1)」、「気泡(24)が多数存在する有機可塑物(23)」、「ポリスチロール発泡体」は「発泡合成樹脂体」に各相当するから、前記のとおり認定、判断したものである。

しかして、引用例記載のものでは、他の板体即ち屋根板bと一体化することによつて得ている野地板の補強を、この種発泡体の発泡成型の際に金属線材等を埋め込んで補強を行うという従来慣用の技術手段を適用することによつて行えば、板状発泡合成樹脂を主体とした野地板それ自体内部補強されて機械的強度が向上することは当然であるから、そのようにすることにより屋根工事に際し野地板を支える他の板体(屋根板b)が省略しうることになるのは、何ら予測しえないことではない。

2  原告主張の取消事由2について

引用例に記載の下地版も実質的に本願考案の野地板の一種であるから、原告主張のような手続上の瑕疵はない。

第4証拠関係

証拠関係は、本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

1  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決の理由の要点についての原告主張の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、本件審決を取り消すべき事由の有無について判断する。

1 前記当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない甲第2号証(引用例)第3号証の1(本願願書)、第5号証の1ないし3(鹿島研究所出版会発行・「建築施工講座」)及び本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。即ち、

引用例に記載の下地版は、従来、瓦を屋根板上に葺き合わせる場合に、各瓦の重合部分に空間が生じることや、各瓦が雨水の通路となる凹溝を形成するために屈曲の形となつていることなどから、瓦相互に不安定で、ずり動くことがあるのを防ぐため泥土を敷いて密着させるようにしたため、手数がかかり、また熟練を要したので、これを解決すべく考案されたものであつて、表面に瓦が密着するための屈曲面と段とを形成した板状の発泡スチロール製の屋根瓦用下地版である。そして、これの使用に当たつては、右下地版を屋根板上に釘で打ち着けたうえで、表面に瓦を並列するだけでよい。しかして本願考案の野地板も板状の発泡合成樹脂製であつて、その使用に当たつては表面に瓦を並列することは引用例に記載の下地版と同様であるが、発泡合成樹脂を板状に成型する際に金属の線・棒・網などを埋め込んで、その機械的性質の補強を図り、これを屋根構造の野地板として使用するものであるところ、従来、野地板は木材を使用し、これの上に防水性の下地(下ぶき材)を張つていたが、この防水性の下地を使用するので野地板はその通気性を失い腐敗の原因になるという欠点があり、本願考案は、これを改良することを目的の1つとするものである。

以上のような事実を認めることができる。

2 ところで、成立に争いのない乙第1号証の1ないし3(建築用語辞典編集委員会編「建築用語辞典」)、前顕甲第5号証の1ないし3を総合すれば、一般に屋根の構造としては、たる木の上に野地板を張り、その上にアスフアルトフエルトなど下ぶき材を張り、この下ぶき材の上に瓦など屋根ぶき材をふくものであることを認め得、これに反する証拠はない。

3  そして、右に認定の屋根の構造を、屋根ぶき材を第1層とし、その下の部分の下ぶき材を第2層目とし、更にその下の部分の野地板を第3層目と指称すると、前記1及び2に認定の事実から明らかなように、本願考案の野地板は第3層目に当たりかつ第2層目の下ぶき材を兼ねるものであるのに対し、引用例に記載の下地版は第2層目の下ぶき材に当たるものであつて、第3層目の野地板に当たるものは下地版を使用するに当たり釘着する屋根板bであると認めることができる。

4  被告は前顕乙第1号証の1ないし3(建築用語辞典)に、野地板とは「下地板のこと」と記載されているとし、これを理由に、引用例に記載の下地版も本願考案の野地板の一種であると主張する。なるほど、同号証によれば、その中の「野地板」の項において「屋根ぶき物の下地板のこと」と記載されていることが認められるが、なお同項には「野地板は野地を造るために張る板。単に野地ともいう」との記載があり、同号証中「野地」の項には「屋根ぶき物(かわら、板など)の下の地をいう」と説明され、かつその説明文の傍らに、たる木の上に野地板が張られ、その上に下ぶき材のアスフアルトフエルト(アスフアルトフエルトが下ぶき材の1つであることは前顕甲第5号証の1ないし3により認めることができる)が張られている、屋根の構造が図示されていることを認め得るので、これらからすれば、被告が指摘する、前記、「野地板とは下地板のこと」と記載されているのは野地板を下地板ということがあるというにとどまり、下地板といえばすべて野地板の一種である、ということを記載しているものではないと解するのが相当である。そして、引用例に記載の下地版は屋根板b(本願考案の野地板に相当する。)を含まない発泡スチロール製主体を指称するものであることは右1ないし3に認定した事実と前顕甲第2号証の記載から明らかであるので、してみれば、引用例に記載の下地版も本願考案の野地板の一種であるとする被告の主張は採用することができない。

5  被告はまた、本願考案の野地板は、引用例に記載の下地版と同様に屋根材の直下に配置されるべきものであるとして、前記第3層目に当たるものではない旨主張するが、この主張は、右1ないし3に認定してきたところの、本願考案の野地板が前記第2層目の下ぶき材を兼ねるものであることを看過、誤認したことに因るものであつて、採用の限りでない。

6  しかして、右1ないし5に認定ないし説示してきたところからすれば、本願考案は屋根の構造において第3層目に当たる発泡合成樹脂製の板体の野地板をその構成とするとともに、これをもつて第2層目の下ぶき材をも兼ねさせるようにしたものであり、即ち2つの層を1つの層をもつて置き換え、そのことにより2つの層のもつ各機能を1つの層にもたせるようにしたものであることが明らかである。しかるに、引用例のものにおいては、前顕甲第2号証によつても、右のように2つの層を1つの層に置き換え、2つの層のもつ機能を1つの層にもたせようとする技術思想はこれを認め難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。

7  そして、前顕甲第2号証、第3号証の1の各記載と本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、本願考案の構成により、従来に比し屋根工事の簡略化という実用上の効果を奏するものであつて、この効果は引用例のものにおいては期待することができないものであることを認めることができる。

8  してみれば、本願考案の野地板は引用例の記載に基づいては当業技術者が極めて容易に考案することができたものということはできないというべく、本願考案をもつて引用例の記載に基づいて当業技術者が極めて容易に考案をすることができたものと認定、判断して、本願を拒絶すべきものとした本件審決は違法であつて、取り消されるべきものというほかはない。

3 よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(秋吉稔弘 竹田稔 水野武)

<以下省略>

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